STAFF INTERVIEW

良い課題がクライマーを成長させる

ウォール施工, ルートセッター・宮保 雄一

ホッチホールドではウォールの施工のみならず、ジムや大会のルートセッターとしても活躍する宮保 雄一。宮保自身も熱心なクライマーであり、10代の頃からクライミングに親しんできました。国際大会で優勝を果たすなど選手としての実績を積み、いくつかのジムでトレーナーを経験した後、クライミング・ウォールを「作る側」の仕事に転身しました。良い課題が、クライミングの魅力を伝え、実力のある選手を育てるという宮保。ホッチホールドでの業務内容をはじめ、ルートセッターの視点から課題設定の難しさやクライミングの面白さについて話を聞きました。

日本全国でウォールを作る日々

はじめに、現在取り組んでいる仕事の内容について話を聞きました。

(宮保)最近はウォール施工の仕事が多いので、日本全国あちこちを転々としながら、壁(クライミング・ウォール)を作っています。昨日までは新潟で、10日間くらい。大体10日から2週間の現場が多くて、規模の大きい現場だと1ヵ月近くかかるものもあります。来週は、広島だったかな。

全国各地を転々としながら、ジムや大会でのクライミング・ウォール作りに取り組む宮保。忙しい時期にはなかなか自宅に帰れないことも。しかし、いろいろな土地に行く楽しみもあると言います。

(宮保)ここしばらくは忙し過ぎて、ひとつの現場が終わったら、そのまま直接別の現場に行くようなこともあります。そういうことが続くと疲れも溜まるけど、行く先々で美味しいものを食べたり、休日があればちょっと観光に出てみたり、それなりの楽しみもあるので、バランスを取りながらですね。

ホッチホールドでの施工の特徴について聞きました。

(宮保)建てるウォールに、特別な素材や技術を使っているかというと、そうでもないです。どの現場も部屋の形状は違うし、お客様の要望もいろいろだから、比較するのも難しいですよね。うーん。

客観的な視点から、ホッチホールドの施工は「ここが優れている」という言い方は難しいと話します。一方で、

(宮保)ただ、僕たちの場合は、現場の人間がそれぞれの「建て方」「やり方」を確立している部分があります。部屋の形が違う現場であっても、それぞれが持っている「建て方」のアプローチがあったり、「クライマー」としての視点を持っている。

施工現場のスタッフも全員がクライマーであることが、ホッチホールドの特徴です。

(宮保)現場ではいろいろなことが起きるから。設計時の想定と違うこともたくさん起きます。休憩時間にオーナーさんとお話している時に、ちょっとしたアイデアが生まれたりとか。予定と違うことが起きた時に、どうやって対応するか。僕たちの場合は、現場のスタッフがそれぞれの経験からどうすれば良いかを考えて、対応することができる。預かっている裁量も大きいし、その分の責任もあります。そういう施工ができるのは、クライマーとしての視点や、創意工夫の積み重ねの結果だと思います。

クライミングの面白さを引き出す、ルートセッター

宮保の守備範囲は広く、ボルダリング全般についてのスペシャリストです。彼の肩書きは「登攀工」。一般的には知られない言葉ですが、宮保のクライミングに対する姿勢が込められています。

(宮保)ウォールの施工だけでなく、開業時のルートセットまで受けることもあるし、「これからジムをはじめようかな」という最初の段階から入ることもあります。

クライマーたちが、ジムや大会で挑戦する課題。この課題を設定する人を、「ルートセッター」と呼びます。宮保はこれまで、クライミング・ジムのみならず、様々な大会やイベントでルートセッターの仕事も請け負ってきました。

(宮保)いろんな仕事をしてきました。ルートセットをやらせてもらっている内に、昔テレビでやっていた「SASUKE」から声をかけてもらって。テレビ用に作った壁が、出演者にとって適切な難易度なのかを実証するためシミュレーターの仕事ですね。何年も前の話だけど、楽しみながらやらせてもらいました。

日本でクライミングが浸透するにつれ、宮保の仕事の幅も広がりました。

(宮保)テレビCMで、野口啓代選手が壁を登るんですけど、そのルートセットをやらせてもらったことがあります。どんな絵を撮りたいとか、そのためにはどんな動きが良いとか、制作会社や野口選手と相談しながらCM用の課題をセットするんです。野口選手のことは、彼女が子供の頃からよく見ていましたが、当時すでにトップクライマーでした。彼女の魅力や凄さを表現するためには、どんなルートが良いのか。普段とは違う視点ながら、クライマーとして、ルートセッターとしてのこれまでの経験が活かされた場面でした。

いろいろな現場でルートセッターを務める宮保。ルートセッターの仕事について続けて語ってくれました。

(宮保)そのジムに訪れるお客さんのレベルを想定して、難易度をどう設定するか。いくつもの課題を設定するんだけど、例えば初心者の多いジムであれば、クライミングを始めたばかりの人がちゃんとステップアップしていけるような工夫が必要です。

そのウォールを登るユーザを想定して課題設定することの他に、心がけていることがあると言います。

(宮保)登る人それぞれの技量で、ちょうど良い難易度を調整するのは当然ですが、その中に登る「面白さ」を感じられるような課題を心がけています。何度か挑戦して、やり方や動き方、掴み方を工夫できる課題。工夫することに面白さを感じて、登れたときに上達を実感できるような。また登りたいって思わせるような壁じゃないと、クライミングの醍醐味を味わえないから。

(宮保)ホールドやボリュームを設置したら、それぞれの課題(ルート)ごとにシールを貼っていきます。次のルートが分かるように、その位置からの見え方とか、壁やホールドの形も考慮します。純粋にクライミングを楽しんで欲しいから、出来る限りの工夫をしてルートを作ります。

ルートセッターの役割は、クライミングにおいてとても重要であると宮保は話します。

(宮保)国際大会で活躍するような選手の後ろには、きっとい優秀なルートセッターがいると思います。彼らは選手それぞれの個性やスタイルを熟知していて、選手の良いところを伸ばし苦手な部分を克服するための課題を作ります。

良い課題が、クライミングの魅力を伝え、選手を育てる。日本クライミング会の将来への期待も込めて、宮保はこう話してくれます。

(宮保)繁盛しているというか、人気のあるジムにはやっぱり優秀なルートセッターがいる。そういうジムからは、必然的に強い選手が出てきますよね。ここ数年、日本ではたくさんの若くて実力のある選手が出てきてクライミング界全体が盛り上がっているけれど、その裏側にはルートセッターやジムの努力があって、こうした部分から日本のクライミングの発展に寄与できたら嬉しく思います。

成長著しい日本勢の活躍が楽しみな、東京オリンピック

開催まで1年を切った、東京オリンピックでのクライミング競技の見所について聞いてみました。

(宮保)この十数年で、日本の選手のレベルはものすごく上がっていて、僕が若い頃に比べて技術も体力もずっと向上していると思います。ちょっと大袈裟かもしれないけど、監督やコーチも追いつけないというか、細かいところまでは口が挟めないレベル。そのくらい今の若い選手は強いですよね。

日本選手の特徴は、その機転と器用さにあると話してくれます。

(宮保)ちょっと掴みづらいホールドやボリュームがあって、うまく力がかからない難しいアプローチでも、下半身のバランスを大きくとって重心の位置を固定したり、体全体で安定のさせ方を計算できる選手が多い。日本の選手って、すごく器用で上手いんです。見てるだけだと分かりづらいけど、外国の選手と比べてみてその違いが発見できたら、面白いかな。

特に応援している、または期待している選手はいますか?という質問には。

(宮保)日本人選手は全員応援しています。でも、さっき話題にでた野口啓代選手と野中生萌選手は、昔から知っているから、特に頑張って欲しいですね。野口選手は体のしなやかさを活かした攻略、野中選手はパワフルな動きが特徴です。最近の日本は、競技全体のレベルがどんどん上がっていて、新しい選手はそのレベルにどんどん追いついて強くなっています。これから出てくる新しい選手の活躍にも期待しています。

このインタビューが行われる少し前の2019年7月20日、フランスのブリアンソンで開催された「IFSC クライミング・ワールドカップ」では、男子の表彰台を日本人選手が独占する快挙が達成されました。

(宮保)こないだのブリアンソンなんて凄かった。表彰台を日本人が独占して。そのうちの一人は、僕も初めて聞いた名前で、次から次へと若くて強い選手が出てくる印象です。彼らは、僕らが今まで見たことのないようなクライミングを見せてくれる。オリンピックまでまだ時間もありますし、もっとたくさんの選手が出てくるかもしれない。本当に楽しみです。

良い課題が、クライマーを成長させるのだと話してくれた宮保。日本クライミング界の発展を支えたいという思いが、彼の言葉の節々に感じられるインタビューになりました。